こんにちは。
U・TOURISM(ウ・ツーリズム)スタッフの山田です。
今回ご紹介するのは、島田市湯日の茶畑の中に佇む、ニットのアトリエ&ショップ「AND WOOL(アンドウール)」。「AND WOOL」のディレクターでニットデザイナー・作家の村松啓市さんにお話をうかがいました。
AND WOOL の取り組み
ご自身のファッションブランド「muuc(ムーク)」の活動もされている村松さん。
別プロジェクトとして「AND WOOL」では量産品とは一線を画した、丁寧な手仕事から生まれるニット製品と手芸道具の販売を軸に、その作り手の技術と価値を高めて、ニット文化を日本に広めていくための「しくみ」を考え、実行されています。
ショップには、カラフルでも優しい色合いの毛糸や編み棒などの手芸道具、ストールやセーターなどのニット製の洋服・小物・アクセサリーが並びます。(公式オンラインショップでも購入可能)https://www.andwool.com/
素材はこだわりのラインナップ。
毛糸はイタリアのメーカーや国内メーカー製。
イタリア製の毛糸は、イタリアで唯一毛を洗うところから撚り、染色まで自社で一貫して行っているメーカーによるものです。また、「AND WOOL」が開発したオリジナルの糸もメーカーに作っていただいているそう。高品質を保つメーカーならではの風合いを楽しめます。
他にも、内モンゴル・アラシャン地区産のカシミヤ糸、モンゴルの首都ウランバートルから約650km離れたバヤンホンゴルの遊牧民から分けていただいたというヤクの毛糸などの貴重な天然素材も扱っています。
静岡県藤枝市出身の村松さんは、文化服装学院ニットデザイン科を卒業。世界中からニットのスペシャリストを集めた特待生プロジェクトに選ばれ、イタリアに留学。帰国後、2004年からニットデザイナーとしての活動をスタートします。
東京青山にお店を構え、約7年の活動の後、2011年に出身地の静岡県に拠点を移します。
2016年に島田市の茶畑に囲まれたこの地に店舗兼アトリエをオープン。
いわゆる、Uターン。
アパレル業界の中心というと東京のイメージがあるため、なぜこの片田舎でお仕事を?
素朴な疑問をぶつけてみたところ、「競争の激しいファッション業界の中で、デザインという仕事は模倣されてしまうのが当たり前の分野ですが、このロケーションだけはコピーできませんよね。」の一言。
確かに!
こんな緑の中の時間が止まったような場所で柔らかな自然光の中、時折聞こえる虫や小鳥の声と共に、手編み機で作業する「ジャー、ジャー、ジャー、ジャー」や、業務用スチームアイロンの稼働する「ゴォー」という連続した動作音が心地よく響く、ものづくり空間…他に二つとありません。
ショップ奥の作業場はガラス張りの間仕切りで仕切られており、スタッフの皆さんの作業の様子がよく見通せます。
素材にもデザインにもこだわった、大量生産と違って決して安価ではないニット製品。
価値を感じてもらうには、一貫して手作業で行っている生産工程の見える化が必要と考えました。
日本でのニットへの認識は、海外に比べるとカルチャーとして根付いていないそう。
村松さんの作品や技術も海外での評価が高い一方、日本国内でももっとそのカルチャーが発展しても良いのではという思いがありました。
オーガニックの野菜づくりと同じように生産者さんの顔が見えるものには、信頼感がありますし、大切にしようと思えます。
ショップを訪れる人に作業の様子を見てもらうこと、雇用創出活動等、作り手の存在を大切に自社広報メディアで紹介すること、編み機の体験ワークショップ開催で活動とその魅力を発信し、消費者との繋がりを印象的にしています。
昔ながらの「手編み機」を使ってできること
「AND WOOL」では、家庭用の手編み機を使ってニット製品を作っています。
家庭用編み機とは1950~80年代頃、一般家庭に普及していた卓上編み機。
第二次大戦後の日本では買うより作る方が安価だった時代。
洋裁の知識のある祖母や母親が子どもや家族のために着るものを作るようになり、手編みの需要も増えるとともに家庭用編み機も普及していきました。
現在ではほとんど見かけることがなくなってしまいましたが、全盛期だった昭和30年代では花嫁道具としてミシンと同じように一家に一台持っているという時代もありました。
手編みの棒針編みと同じ組織を編むことが可能で、手編みより格段と速く編むことができ、編み機独特の風合いの編み方ができるのが魅力です。
日本では手工芸としての編み物は染めや織りと比べて歴史が浅いですが、家庭用編み機の製造は日本が最初(!)と言われています。
この編み機があれば、生産工程の一部で誰でもどこに居ても同じクオリティーのものを編むことができます。専門的な技術が必要な最終的な仕上げは専門スタッフが手がけます。
そして、作り手の確保のためにもこの編み機は役立つのです。
現在、「AND WOOL」のアトリエに通う専門スタッフの他に、在宅ワーカーや就労継続支援B型事業所へもお仕事を発注しています。
品質を維持するための作り手を確保したいという「ANDWOOL」と限られた条件の中で働きたいという作り手を繋げる、双方にとってプラスのしくみが成り立っているのです。
また、今回私も体験させていただいた編み機を使ったストール作りワークショップの開催もニット文化の大切な普及活動の一環です。
初めて編み機に触れることで、自らの手で身に着けるものを作れる喜びと共に歴史や文化に触れることもできました。
ニットや手芸を愛する作り手は全国に存在します。
「ANDWOOL」ではオンラインサロンという形でも会員に作り方や技術も惜しまず、シェアしています。全国に散らばるサロンメンバーは、お仕事の依頼はもちろん、各地でイベントを行う際にはお手伝いもしてくれる大切な人材です。
場所を問わず、働ける機会。体験によりニットを身近に感じられる機会。
ニット文化を広める取り組みをしている人たちがこの茶畑に囲まれたアトリエから発信されていることに誇りを感じます。
ニットに対する日本人の意識を根底から育てていく活動とも言えるのではないでしょうか。
明るい未来
20代の頃から将来はカルチャービジネスに関わりたいと考えていた村松さん。
ものづくりの背景を知ることにより、ものに対する愛着を持ってもらえ、大切にする文化を育てていけるのではないかという発想はとても前向き。
今回、門外漢の私から見るととても画期的な取り組みのように映り、お話をうかがったのですが、ご自身では決して特別なことをしているわけではなく、必然的に今の活動となっているとおっしゃいます。
村松さんのような海外でも認められている技術と才能を持ち、生産効率を熟知している存在で、長期的な目線で皆で喜びを分かち合えるスマートなしくみを作り、業界を底上げする人材がいることはニット業界にとって明るい未来が待っているように感じました。
引用;Knittingbird「家庭用編み機の歴史とこれから」